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〔偉人〕

小栗上野介(おぐり こうずけのすけ)


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小栗上野介

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俗称・筆名 小栗上野介
本名 小栗又一忠順(ただまさ)、幼名剛太郎 
生誕 1827年(文政10年)6月23日
死没 1968年(慶応4年、明治元年)閏4月6日(42歳逝去)
出身地 江戸駿河台(現:東京都千代田区駿河台)
最終学齢 安積艮斎(ごんさい)の漢学塾 
職業 政治家
ジャンル 勘定奉行、外国奉行、陸軍奉行、海軍奉行等を歴任
褒章歴 〇明治45年 東郷平八郎が小栗上野介の遺族に対し《日本海海戦に勝てたのは上野介殿の横須賀造船所建設のおかげ》と感謝の気持ちを表した。

〇大正4年 横須賀海軍工廠創立50周年祝典で大隈重信総理大臣代理が幾多の困難を乗り越え造船所を着工された小栗上野介に謝意を表した。

  当日小冊子を配り、技師長ヴェルニ-と2人の胸像建立の運動に発展し大正11年に除幕披露された。今でも毎年11月市の恩人として「ヴェルニー・小栗祭」が開催される。
業績 横須賀製鉄所創建、日本初の株式会社・兵庫商社設立、フランス語学校創立、日本最初のホテル築地ホテル建設
記念館 〇横須賀市ヴェルニー公園に銅像がある

〇高崎市倉渕町菩提寺・東善寺に小栗上野介銅像と記念館
言葉・信条  「これで、たとえ(幕府が)売家になっても、土蔵付きになります」

(たとえ徳川幕府が滅んでも、この製鉄所は将来日本の近代化に大きな役割を果たすという考えを《土蔵付き売家》と表現した)




小栗上野介の写真
小栗上野介の肖像画)東善寺蔵







あいうえお
かきくけこ
さしすせそ
たちつてと
なにぬねの
はひふへほ
まみむめも
やゆよ
らりるれろ
わをん  

青木青眠 記
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