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〔偉人〕

相田みつを(あいだ みつを)


〔あ〕の偉人 青山剛昌 青木周蔵
相田みつを 浅井慎平 阿久悠

プロフィールバー
俗称・筆名 相田みつを
本名 相田光男
生誕 1924年(大正13年)5月20日
死没 1991年(平成3年)享年67歳
出身地 栃木県足利市
最終学齢 旧制栃木県立足利中学校、関東短期大学夜間部国文科卒(1953年)
職業 書道家、詩人、イラストレーター
ジャンル 文筆家
活動
代表作 〔作品〕
 『にんげんだもの』(1984年)
 『おかげさん』(1987年)
 『ひとりしずか』(2001年)

〔関連図書〕
 『相田みつを肩書きのない人生』 相田一人著
記念館
言葉・信条

 相田みつをは1924年(大正13年)足利市の名刹・鑁阿寺(ばんなじ)の近くで生まれる。

 日本最古の学校・足利学校も近くにある。足利市は足利幕府を築いた足利尊氏の育った町ゆえ、伝統と知的レベルの高さを感じる。


相田みつをの写真
(出典:出典:CREATIVEな人たち!)

 相田みつをは旧制足利中学校在学中から書や和歌、絵に親しみ、卒業すると、書家をこころざし、岩沢渓石に師事、書の基本を習得する。23歳の時、「鄭文公碑」を臨書し全国コンクールに応募し一席になる。

最初のアトリエの相田みつを<BR>出展:相田みつを肩書きのない人生p48
〔最初のアトリエの相田みつを
出展:相田みつを肩書きのない人生p48〕
にんげんだもの 相田みつを著
〔にんげんだもの 相田みつを著〕

 その後書の最高峰の一つとされる毎日書道展に1954年(昭和9年)から7年連続入選し、プロの書道家を目指していた。また旧制中学卒業後、和歌を歌人・山下陸奥に、禅を曹洞宗高福寺の武井哲応に学ぶ、1953年には関東短期大学夜間部国文科を卒業する。


 1954年(昭和29年)、第一回書道の個展を足利市で開催。この年商家の娘・平賀千江と歌会で知り合い結婚する。

 一男一女をもうける、相田美術館館長の一人氏は長男。昭和34年以降毎年のように個展を開催した。

日めくりカレンダー類
〔日めくりカレンダー類〕
(逢う)の暖簾
〔(逢う)の暖簾〕

 専門家でなければ理解できない書道界のあり方に疑問を持ち、30歳の頃から、他の人の字は書かず、自分の詩・ことばを書くことに徹し、みじかく平易な独特の作風を確立した。

 昭和41年足利市八幡町にアトリエをつくり終世この地で創作活動を行なう。1955年(昭和30年)ろうけつ染めを学び、ろうけつ染めや地元商店街のデザインを請け負うなどで生計をたてていた。


〔相田みつを美術館は東京のど真ん中にある。〕

 《相田みつを美術館》は東京駅の京葉線(東京ディズニーランドに行く線)の丸の内口を出て、東京国際フォーラムのエスカレーターを上ると1分で美術館第一会場正面に着く。便利なので私も良く立ちよる、入場者数が一番多く、リピート客も多い美術館と聞く。

 興味ある企画展も良くやっている、最近は《坂村真民と相田みつを》の合同企画展が開催された。2人は共通点も多く、この企画展は興味をもって見た。

 2人とも仏教哲学にもとづいた自分の言葉を詩で表現し、オリジナルな書を書いている。そして2人とも地方で生涯を過した。みつをは栃木県足利で、真民は愛媛県砥部で生涯を送る。生きた時代も比較的近い。坂村真民の記念館は砥部にある、ぜひ訪ねたいところである。

相田みつを美術館第一ホール
〔相田みつを美術館第一ホール〕
相田みつを(左)と坂村真民
〔相田みつを(左)と坂村真民〕

 東京駅の《相田みつを美術館》の客数が多いのは、それなりに工夫をこらしている。ネットでクーポン券を求めてゆくと300円引きの500円で見られる、70歳以上も500円、入り口はいると黒い井戸があり、中を覗くと“じわーと夢”という文字が出てくる。展覧会場の入り口には、メモ用紙と下敷き、鉛筆が用意され、 好きな言葉のメモが取れるようになっている。


〔相田みつををもっと知る〕

 相田みつをを更に詳しく知りたいときには、スマホを横長に回転してから、ページ最上部の〔GoTo PC版〕ボタンをタップしてご覧ください。


あいうえお
かきくけこ
さしすせそ
たちつてと
なにぬねの
はひふへほ
まみむめも
やゆよ
らりるれろ
わをん  

青木青眠 記
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